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里花のMacBookの動画

里花のMacBookの動画は、全て私が撮ったものだ。
私が撮るビデオは、視聴者は里花だけだ。
だから、里花が見ることを前提に撮る。

グンデル・ワヤンの練習のための動画を撮ることから、私の動画撮影は始まった。
バリ島から日本に帰ったら、忘れないようにするために初めは撮った。
里花の先生は、里花に宿題を出した。
練習している曲の未だ練習していない部分を、日本で覚えてくるようにビデオを撮らせるようになった。

初めは、iPhoneで撮っていた。
毎回撮るようになり、キャノンのビデオカメラを用意した。
キャノンはかなり長く使った。

里花のMacBookで、動画を探していると自分の撮影の下手さに気づく。
撮り初めの下手な動画で、里花が練習したことに感謝する。
ブレてるし、画面は切れているし、構図は見にくいし、‥。

行事で里花が演奏するようになると、里花は席を離れることができない。
だから、後で行事の様子を知らせるために撮影した。
里花は、自分の演奏がどのように全体の中で使われているかに関心を持った。

里花が倒れる1年前にビデオカメラを新しくした。
ソニーのビデオカメラのマニュアル操作ができるカメラだ。
金額も安くはなかったが、少し動画を学びたくて買った。
バッテリーも用意した。
重いし、大きいし、海外旅行には向かないと一回目の移動で思った。

里花が見るなら、綺麗な納得できる動画を見て欲しかった。
でも、ほとんど使うことはなかった。
撮影した数少ない動画を、里花はほとんど見ることはなかった。

撮影をはじめた頃は、行事で撮影するバリ人はいなかった。
今、みんなスマホで動画を撮影している。
終わるとすぐにネットにあげる。中には同時撮影のひともいる。
私は、撮影の興味がなくなった。
自分で見るだけなら、自分の目で見れば良い。
撮影した動画を見る、里花がいない。

基準は、里花だった。
今、基準がない。
彷徨っている。

皆様の健康と長寿をお祈りします。
里花の家族より
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里花のMacBookを開こうかな。

里花の先生からメールが来た。

「今、娘にグンデル・ワヤンを教えている。
娘は既に3曲、弾けるようになった。
バリに来たら、一緒に練習しよう。」

そこには、3曲の名前が書いてあった。
3曲とも知っている曲だ。
1曲目は、年末に練習して、
「もう、あなたは弾けるようになった。
この曲は、修了して次に行こう。」
と、里花の先生に言われた曲。
2曲目は、年末に練習して、途中まで練習して、
「次はこの続きからだ。
ちゃんと、覚えておけよ。」
と言われた曲で、かなり難しい。
3曲目は、まだ里花の先生とは練習してない曲で、
弾けない曲で、お父さんにも見放された曲。

つまり、
「この3曲を里花のパソコンから見つけなさい。
今度バリに来たら、練習する内容を教えるよ。」
と、いうこと。

バリの人は、はっきり言わないことが多い。
婉曲に話して、「あとは察してくれよ。」
恥ずかしい。
はっきり言うのは、苦手。
だから、バリの人は言う。
「察してほしい。」

コメントが来た。「ありがとう。」
背中を押してくれて、「ありがとうございます。」
明日、里花のMacBookを開きます。

皆様の健康と長寿をお祈りします。
里花の家族より
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里花のMacBook

里花の先生は、里花が帰国するときに宿題を出す。
今、練習している曲の続きも含めて、ビデオに撮り日本で覚えてきなさいというのである。
時にはまだ練習していない曲もあった。

里花のMacBookにビデオが入っている。
曲名を里花がつけ、保存している。
いつも聞き、覚えたい曲はiPhoneに入れた。
MacBookを前にして、里花はバチを持ちベットの端を叩いた。
毎日練習し、バリに戻り本物の楽器で弾けるのを楽しみにしていた。
練習メモをつけていたようだ。

バリには里花のグンデル・ワヤン(楽器)がある。
実際に工房に先生と足を運び、注文した。
里花と先生が話し合い、彫刻のない楽器を入手した。
彫刻のある楽器はよく見かけるが、ないものを他で見たことはない。
日本に持ってくることも検討したが、
バリの楽器はバリにあるのが嬉しいのではないかと、里花は考えた。
現在、里花の先生の自宅に預けられている。
将来バリに住んだら、里花はバリの自宅に持ってきたいと言っていた。

今回、里花の先生から里花の宿題ビデオを探すように言われていた。
里花のMacBookの中にあるだろう。
でも、里花のMacBookに電源を入れるのが怖かった。
ビデオはあったが、見ることは出来なかった。
最後まで見られなかった。涙が溢れた。
これを見て練習していた里花はいない。
部屋の机の上は、バリから帰ったらすぐに使えるように整えていた。
今もそのままだ。

いつになったら、涙が止まるのだろう。

里花が見ることだけを考え、ビデオカメラで撮影していた。
里花がいなくなって、見る里花がいなくなって、
ビデオカメラで撮影する意欲がなくなった。

バリの子供達は小さい頃から、バリの伝統音楽を自然に聴いている。
里花の先生も、先生の息子も、本格的に練習を始めたのは中学生の頃だそうだ。
既に頭の中に、耳に、曲が残っているから、すぐに演奏できるそうだ。
その分、私はビデオを聴いて覚えなさいと言われた。

里花がまだいるときに、一人に練習していて分からなくなった。
敷地に住む小学生がこっちを見ているから、教えてほしいと頼んだ。
何回か手探りで音を探し、曲を完成させた。
初めて弾いたそうだ。
何となく、音が見つかるそうだ。

里花のMacBookを手入れをして、里花に戻した。
里花が使うことはないけど、使う気にはなれない。
私が手に入れたMacBookを取り上げて、里花が使っていた。
ブログを書いたり、練習したり毎日のように使っていた。
キートップがピカピカで使用感がかなりある。
艶消しのボディも擦れて光っている。

ありがとう、里花。

皆様の健康と長寿をお祈りします。
里花の家族より

追記
私の文章を読み、コメントをくれる皆様にお礼を申し上げます。
大変に嬉しいです。
感謝の言葉が見つかりません。
誠に勝ってながら、今後もよろしくお願いします。
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里花の先生のレッスン

里花の先生による練習は、
私の先生であるBapak(お父さん)が亡くなる前からやっていた。
お父さんからは、
「あなたは先生が二人になった。
今日は息子が教えるから。
今度、私が教えるよ。」

お父さんが亡くなるまでは、
里花の先生は、一緒に演奏して出来ないと演奏を止めた。
そして、正しい音をバチで差し、演奏を再開した。
こんなの出来ないのか。
父は何を教えていたのだ。
里花の先生は何回も口にした。
「里花はできたぞ。」
里花の先生の練習には、
「君は父といえども他人の弟子だ。
教えているだけで、有難いと思いなさい。」
もちろん、他のことは大変に親切で友達付き合いをしてくれた。

お父さんが亡くなってから、練習を再開した。
練習方法が変わった。
少しずつ練習し、できるようになったら一人で演奏させられた。
目の前にいる、スマホをいじりながら知らんぷりしている。
でも、間違うと、
「ここが違う。
もう一回一緒にやろう。
憶えたか?
じゃ、一人にやってごらん。」
あるとき、
「早く一人前になってほしい。
里花のように演奏できるようになってほしい。」
インドネシア語で言われた。
里花のようにとは、行事で一緒に演奏することである。

「そうか。
里花の先生は、
弟子と父親を失ったのだ。
早く一人前にならなくては。」

里花が現世にいるときは、決して褒めなかった。
里花は、よく怒られたことをしょげていた。
里花は、先生に生意気だと言われ、
もう一緒に演奏したくないと言っていた。
でも、里花の先生は里花が好きだったんだ。
里花の先生は、
「みんなが里花はうまかったね、と褒めるんだ。
バリ人でも、なかなかあれだけ上手には弾けないよ。
本当に短い期間で上達した。
私は、里花と一緒に演奏する夢を見るんだ。」

ありがとう、バリ。

皆様の健康と長寿をお祈りします。
里花の家族より
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葬式の後の、里花の先生

バリ島のお葬式は公開されているので、外国人にも見ることができると言われている。
確かに簡単に腰に布を巻けば、公開の火葬を見ることができる。
多くの外国人が腰に布を巻いただけで、火葬の写真を撮っている。
バリの伝統衣装ではなく、腰布だけで入れることが多い。

今回、先生の葬式ということで、当日の早朝からお付き合いさせていただいた。
先生とは、私のグンデル・ワヤンの先生である。
内容は省略するが、大変に丁寧に先生は扱われた。
火葬が終わり、ごく近い親族だけで海岸に向かった。
お経を上げ、遺骨や葬儀に使った道具を海に流した。
私は丁寧に海に流すと考えていた。
しかし、親族は投げ込みように海に流した。
丁寧とは程遠い、まるで捨てるような所業だ。
朝からの丁寧さとは、真逆の動作だ。

自宅に戻り、みんなは
「今日は疲れた。やっと終わった。」
と言っている。

その後、喪主である先生の息子、里花の先生にホテルまで送ってもらった。
私の部屋に入ると、それまでの明るさはなくなった。
椅子に座り、一切喋らない。
いつものスマホいじりもしない。
声をかけても一切答えない。
私は諦めて、
「シャワーを浴びます。今日泊まっていってもいいよ。考えておいて。」
と言い、シャワーを浴びた。
シャワーから出ると、里花の先生はいつも様子だった。
里花の先生は、
「家族が待っているから、帰る。ありがとう。」
とだけ言った。
ホテルの入り口まで送り、明日の予定を聞くと、
「メールで連絡する。」
とだけ言って、スクーターで帰っていた。

翌日は普段通りだった。
ただ、お父さんの腕時計をしていた。スマホの待受画面が変わっていた。
スマホの待受画面は、お父さんがバリ伝統衣装をつけた凛々しいい姿だ。
「腕時計は、お父さんからもらった。」
昨日、お葬式があったとは思えない、普通の様子。
人が来て支払いをしているから、確かに葬式はあった。
私には信じられないと共に、同じようにはできない。

今日パソコンのハードディスクのバックアップを取った。
もうデータが入らなくなったから。
その中に里花の闘病の記録があった。
里花は病気になってからは、写真を撮らさなかった。
だから、ほとんど写真がない。
涙が止まらない。
もっと嫌がっても写真を撮っておくのだった。
でも、嫌がった写真は残しても辛くなるだけだから、やはり無理だったか。

里花の先生は仕事柄、多くの葬式に立ち会っている。
でも、自分のときは別だったようだ。
当日は辛そうだった。
しかし翌日には表に出さない、私には分からないように振る舞った。

私も早く、気持ちを落ち着かせたい。
でも、里花のことを忘れたくない。
「ありがとう。里花。」

皆様の健康と長寿をお祈りします。
里花の家族より
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プロフィール

里花

Author:里花
花々と緑あふれる大好きなバリ島に、18年ほど前から通い続けています。
神々への感謝と祈りとして芸能を捧げるこの島で、ここ数年の滞在中は伝統音楽ガムランの楽器グンデル・ワヤン(上写真)を習っています。
現在東京在住ですが、近いうちバリ島に住みたいです。

※12/12〜年末まで、国内旅行編です。
 バリ島編は、年末に再開します。

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